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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2487号 判決 1985年10月31日

主文

1  原判決主文第一項中控訴人の被控訴人らに対する第三者異議請求にかかる部分を取り消す。

2  被控訴人らが、訴外高橋快衛に対する大森簡易裁判所昭和三六年(ハ)第三五〇号建物収去土地明渡請求事件の昭和三七年一〇月二九日言渡にかかる判決の執行力ある正本の主文第一項ないし第三項に基づき、別紙物件目録一の1記載の土地、同目録二記載の土地及び同目録三記載の建物に対してする強行執行は、これを許さない。

3  控訴人のその余の本件控訴及び当審における予備的追加請求を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

5  本件について原裁判所が昭和四一年七月一五日にした強制執行停止決定は、これを認可する。

6  この判決は、前項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らが、訴外高橋快衛に対する大森簡易裁判所昭和三六年(ハ)第三五〇号建物収去土地明渡請求事件の昭和三七年一〇月二九日言渡にかかる判決の執行力ある正本の主文第一項ないし第三項に基づき、別紙物件目録一の1記載の土地(以下「本件土地一」という。)、同目録二記載の土地(以下「本件土地二」という。)及び同目録三記載の建物 (以下「本件車庫」という。)に対してする強制執行は、これを許さない。

3  控訴人と被控訴人らとの間において、控訴人が別紙物件目録一の2記載の土地部分(以下「本件通路部分」という。)について通行権(第一次的には昭和一六年四月一日付賃貸借契約に基づく、第二次的には民法二一○条一項又は二項の規定に基づく、第三次的には昭和一六年四月一日時効取得にかかる通行地役権に基づく。)を有することを確認する。

4  被控訴人らは、本件通路部分について、控訴人がこれを通行する妨げとなる一切の工作物を設置しその他控訴人の通行を妨害する行為をしてはならない。

5  被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却する。

6  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決を求める(当審における予備的追加請求として、控訴人が被控訴人らに対してそれぞれ各金四二三万円を支払

うことを条件として、右1ないし6と同旨の判決を求める。)。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴人の当審における予備的追加請求を棄却する。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決を求める。

第二  当事者の主張

(控訴人の被控訴人らに対する請求)

一  控訴人の請求原因

1 (関係土地の所有・位置関係)

控訴人は、昭和三五年九月二九日、訴外高橋快衛(以下「訴外高橋」という。)からその所有にかかる東京都大田区南馬込四丁目一五一〇番二宅地七八・〇一坪(以下「本件控訴人所有地」という。)を買い受け(なお、当時の右土地の登記簿上の所有名義人は訴外金文培であったが、実質上の所有者は訴外高橋であった。)、同地上に居宅を建築して居住している。

他方、被控訴人らは本件土地一を持分各二分の一宛共有し、被控訴人久保井浜子(以下「被控訴人浜子」という。)は本件土地二を所有しているものであって、本件控訴人所有地、本件土地一及び本件土地二並びに本件控訴人所有地に隣接するその他の土地相互の位置関係は別紙図面五表示のとおりである。

2 (賃借権の取得)

本件控訴人所有地の前所有者であった訴外高橋は、昭和一六年四月一日頃、被控訴人浜子の先代で当時本件土地一及び本件土地二の所有者であった訴外久保井銀次郎との間において、右各土地を貸借する契約を締結してその引渡を受け、これを通路等として使用していたものである。そして、被控訴人らは昭和二九年五月一日に訴外久保井銀次郎から本件土地一の贈与を受け、被控訴人浜子は昭和三〇年六月五日に訴外久保井銀次郎から本件土地二の遺贈を受けたものであって、被控訴人らは、これら贈与又は遺贈に伴って右各土地の訴外高橋に対する賃貸人たる地位を承継した。

他方、控訴人は、訴外高橋から本件控訴人所有地を買い受けた際、訴外高橋との間において本件土地一及び本件土地二の貸借権を代金三〇万円で買い受ける契約を締結して、その旨を被控訴人らに通知したが、被控訴人らはなんらの異議を述べず、控訴人が右各土地を通路等として使用することを容認していたものであって、右土地の賃借権の譲渡を承諾

したものである。

3 (民法二一○条一項又は二項の規定による囲繞地通行権)

ⅰ 本件控訴人所有地の北東側に隣接する東京都大田区南馬込四丁目一五一〇番五宅地二二七・五三平方メートル(以下「訴外益子所有地」という。)は、控訴人が本件控訴人所有地を買い受けた当時は訴外高橋が所有していたが、その後訴外益子昇が昭和三六年四月一七日にこれを買い受けて現にこれを所有しているものであり、また、本件控訴人所有地の北側に隣接する同所一五一一番六宅地一五八・八三坪は訴外横田桂一の、北西側に隣接する同所一五一一番一宅地七三〇・二九坪は訴外田坂改三の、南西側に隣接する同所一五〇八番一宅地一一七坪及び同所一五〇八番二宅地一〇五坪はいずれも訴外北村吉元の、南東側に隣接する同所一五一〇番四宅地八五・〇四坪は被控訴人らの各所有地であって、本件控訴人所有地は、周囲を他人の所有地に囲繞されていて公路に接せず、いわゆる袋地である。

ⅱ ところで、本件控訴人所有地についての分・合筆の経過についてみると、別紙図面二ないし四表示のとおり、もと訴外久保井銀次郎の所有であった東京都大田区南馬込四丁目(旧表示馬込町一丁目)一五一〇番の土地(以下「旧一五一〇番の土地」という。その他の土地についても以下これに準ずる。)は昭和一二年に旧一五一〇番一ないし四の各土地に分筆され、旧一五一一番の土地は昭和二八年に旧一五一一番一ないし一一の各土地に分筆された(別紙図面三参照)。

そして、右の旧一五一〇番二の土地、旧一五一一番四の土地及び旧一五一二番四の各土地は昭和三五年当時訴外高橋が所有していたが、同人は本件控訴人所有地を控訴人に売り渡すに際して、先ずこれらの土地を合筆して一筆の土地(旧一五一〇番二の土地)とし、更にこれを一五一〇番二の土地(すなわち本件控訴人所有地)と一五一〇番五の土地(すなわち訴外益子所有地)とに分筆したうえ(別紙図面四参照)、同年九月二九日に本件控訴人所有地を控訴人に、昭和三六年四月一七日に訴外益子所有地を訴外益子昇に、それぞれ売り渡したものである。

ⅲ 以上のような経過であって、本件控訴人所有地と訴外益子所有地とは同時合分筆の過程で一筆の土地となったものにすぎず、もと一筆の土地であったというには値しないものであるばかりか、もともと本件控訴人所有地が袋地となったのは旧一五一〇番の土地が昭和一二年に旧一五一〇番一ないし四の二の各土地に分筆されたことによるものというべきであるから、このような場合、民法二一三条の規定を適用して控訴人は訴外益子所有地のみを通行しうるものと解すべきではなく、控訴人は、公路に至るのに最短距離にあり、かつ、訴外高橋が賃借して以来通路として使用されてきた本件土地一に対して民法二一○条一項の規定による囲繞地通行権を有するものというべきである。

また、控訴人は、従前本件通路部分を通行して公路上に達していたものであるところ、被控訴人らが昭和四一年四月二九日に本件土地一にバリケードを設置したため本件通路部分を通行することができなくなったのであって、これによってはじめて本件控訴人所有地は事実上袋地となったものということができ、旧一五一〇番二の土地が本件控訴人所有地と訴外益子所有地とに分筆譲渡されたことによって本件控訴人所有地が袋地になったものではないから、このような場合においては民法二一三条の規定の適用はなく、控訴人は、民法二一○条一項の規定により本件土地一に対して囲繞地通行権を有するものというべきである。

ⅳ 仮に右ⅲの主張が理由がないとしても、控訴人所有地と訴外益子所有地との間には高さ一ないし二メートルの大谷石積みの石垣があって、右土地に控訴人所有地から公路に通じる通路を設けることは不可能であり、その他の隣接土地に公路に通じる通路を設けることも不可能であって、本件土地一を通行することが控訴人所有地から公路に通じる唯一の方法であるから、控訴人は、本件土地一に対して民法二一○条二項の規定による囲繞地通行権を有するものというべきである。

ⅴ そして、控訴人が本件土地一のうち本件通路部分について通行権を有するものとすることが、本件控訴人所有地のための通路として必要にしてかつ被控訴人らのために損害の最も少ない場所及び方法に当たるものということができる。

4 (通行地役権の時効取得)

訴外高橋は、昭和一六年四月一日以降、本件土地一のうち本件通路部分に敷石を置き、両側に排水溝を設けるなどして、それが通路であることを明確にしたうえ、平穏かつ公然とこれを通行して占有してきたものである。そして、控訴人は、昭和三五年九月二九日に訴外高橋から本件土地一及び本件土地二の賃借権を買い受けてその引渡を受け、それ以来、訴外高橋と同様に右通路部分を平穏かつ公然と通行してこれを占有してきたものであるから、控訴人は、昭和三六年四月一日の経過をもって取得時効により本件通路部分につき通行地役権を取得した。

よって、控訴人は、本訴において右取得時効を援用する。

5 (権利の濫用)

仮に控訴人の右2ないし4の主張が理由がないとしても、控訴人が本件通路部分を通行するのを被控訴人らが妨害することは、権利の濫用であって許されない。

すなわち、本件通路部分は、本件控訴人所有地から公道へ至る唯一の通路であって、控訴人がこれを通行することができなければ生活不能に陥ることが明白である。そして、本件土地一及び本件土地二は、その地形上からも建物の敷地としては不適当であって専ら通路としてしか利用できないものであり、また、被控訴人らは、東京都大田区における有数の地主であって、これらの土地を自ら使用しなければならない必要性は全くない。それにもかかわらず、被控訴人らは、昭和四一年四月二九日突然本件土地一の東西両端にバリケードを設けるなどして控訴人が本件通路部分を通行するのを妨害したものであって、それは、控訴人の生活を妨害しようとする害意に出たものにほかならず、権利の濫用として許されない。

したがって、仮に控訴人の右2ないし4の主張が理由がないとしても、控訴人が本件通路部分を通行することは許容されるべきである。

6 (強制執行の恐れ)

ところで、被控訴人らは、訴外高橋を被告として、被控訴人らに対し本件土地一及び本件土地二の地上に存する本件車庫を収去し石垣を収去してその敷地部分を明け渡すべきこと並びに被控訴人浜子に対し本件土地二の地上に存する石垣を収去してその敷地部分を明け渡すべきことを求める訴えを大森簡易裁判所に提起し(昭和三六年(ハ)第三五〇号建物収去土地明渡請求事件)、同簡易裁判所は、昭和三七年一〇月二九日に被控訴人らの右各請求を認容する判決(主文第一項ないし第三項)を言い渡して、その後右判決は確定した。そして、被控訴人らは、訴外高橋に対して、右確定判決に基づく強制執行をしようとしている。

しかしながら、右強制執行がされると、控訴人は、本件土地一及び本件土地二についての前記2ないし5記載の控訴人の権利のほか、控訴人が本件土地一及び本件土地二について有する占有権を侵害される恐れがある。

7 (結論)

よって、控訴人は、被控訴人らに対して、前記2ないし5の権利又は占有権に基づいて、右確定判決の執行力ある正本の主文第一項ないし第三項による本件土地一、本件土地二及び本件車庫に対する強制執行の排除、控訴人が本件通路部分について通行権(第一次的には昭和一六年四月一日付賃貸借契約に基づく、第二次的には民法二一○条一項又は二項の規定に基づく、第三次的には昭和一六年四月一日時効取得にかかる通行地役権に基づく。)を有することの確認及び控訴人が本件通路部分を通行することの被控訴人らによる妨害の禁止を求める。

仮に控訴人の右各請求がいずれも理由がないものとしても、現状においては控訴人は本件通路部分を通行する以外には公路に達する方法がなく、このような特殊事情がある場合には、控訴人が被控訴人らに対して相当額の対価を支払うことを条件として控訴人に本件通路部分の通行権を認めるのが民法二一○条ないし二一三条の規定の趣旨に適うところであるから、控訴人は、当審における予備的追加請求として、控訴人が被控訴人らに対してそれぞれ本件通路部分の土地価額の四分の一に当たる各金四二三万円の対価を支払うことを条件として、右と同旨の判決を求める。

二  請求原因事実に対する被控訴人らの認否

1 請求原因の1の事実は、認める。

2 同2の事実中、訴外高橋が訴外久保井銀次郎から本件土地一及び本件土地二を借り受けたこと及び被控訴人ら又は被控訴人浜子が控訴人主張のとおり本件土地一又は本件土地二を贈与又は遺贈によって取得したことは認めるが、控訴人が訴外高橋から賃借権を買い受けたことは知らず、その余の事実は否認する。

3 同3のⅰの事実中、本件控訴人所有地が袋地であることは否認し、その余の事実は認める。

控訴人所有地は、被控訴人ら所有の東京都大田区南馬込四丁目一五一〇番四宅地八五・〇四坪に設けられた私道を経て東側公道に通じているし、訴外北村吉元所有の右同所一五〇八番一宅地一一七坪及び同所一五〇八番二宅地に設けられた私道を経て南側公道に通じている。

同3のⅱの事実中、訴外高橋が本件控訴人所有地を控訴人に売り渡すに際して一筆の土地(旧一五一〇番二の土地)を本件控訴人所有地と訴外益子所有地とに分筆したものであることは認めるが、その余の事実は知らない。

同3のⅲの主張は、争う。

仮に本件控訴人所有地が袋地であるとしても、本件控訴人所有地と訴外益子所有地とはもと一筆の土地であったもので、本件控訴人所有地が袋地となったのはそれが本件控訴人所有地と訴外益子所有地とに分筆譲渡されたことによるものであるから、このような場合、控訴人は、民法二一三条の規定によって訴外益子所有地に対してのみ通行権を有するものであり、本件土地一に対して囲繞地通行権を主張することはできない。

同3のⅳ及びⅴの事実は、否認する。

4 同4の事実は、否認する。

訴外高橋は、本件土地一及び本件土地二を野菜畑として使用していたものであって、これを通路として使用したことはない。また、控訴人が右各土地を占有するようになったのは、昭和四一年八月頃以降のことである。

5 同5の事実は、否認する。

6 同6前段の事実は認め、同後段の事実は否認する。

(被控訴人らの控訴人に対する請求)

一  被控訴人らの請求原因

1 被控訴人らは、昭和二九年五月一日、訴外久保井銀次郎からその所有する本件土地一を持分各二分の一宛贈与を受け、被控訴人浜子は、昭和三〇年六月五日、訴外久保井銀次郎からその所有する本件土地二の遺贈を受けて、それぞれこれを所有している。

2 ところが、控訴人は、昭和四一年八月頃以降から現在まで本件土地一及び本件土地二を占有している。

3 本件土地一の賃料相当額は、昭和五二年二月当時一か月六、六七四円、昭和五四年一月当時一か月七、六二八円であり、本件土地二の賃料相当額は、昭和五二年二月当時一か月四、一六五円、昭和五四年一月当時一か月四、七六〇円である。

4 よって、被控訴人らは、控訴人に対して、本件土地一の明渡し及び昭和五三年二月五日から昭和五三年一二月三一日までは一か月当たり六、六七四円の、昭和五四年一月一日から右明渡し済みに至るまでは一か月七、六二八円の各割合による本件土地一の賃料相当額の損害金の支払いを求め、被控訴人浜子は、控訴人に対して、本件土地二の明渡し及び昭和五三年二月五日から昭和五三年一二月三一日までは一か月当たり四、一六五円の、昭和五四年一月一日から右明渡し済みに至るまでは一か月四、七六〇円の各割合による本件土地二の賃料相当額の損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する控訴人の認否

1 請求原因1及び2の事実は、認める。

2 同3の事実は、否認する。

なお、仮に被控訴人らの控訴人に対する請求が理由があるものとしても、控訴人が被控訴人らに対してそれぞれ本件通路部分の土地価額の四分の一に当たる各金四二三万円の対価を支払うことを条件として、被控訴人らの請求を棄却すべきである。

三  控訴人の抗弁

控訴人の被控訴人らに対する請求における控訴人の前記請求原因1ないし5に同じ。

四  抗弁事実に対する被控訴人らの認否

控訴人の被控訴人らに対する請求における控訴人の請求原因1ないし5に対する前記認否に同じ。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  被控訴人らが昭和二九年五月一日に訴外久保井銀次郎から本件土地一の贈与を受け、被控訴人浜子が昭和三〇年六月五日に訴外久保井銀次郎から本件土地二の遺贈を受けてそれぞれその所有権を取得したこと、控訴人が昭和三五年九月二九日訴外高橋から本件控訴人所有地を買い受けて同地上に居宅を建築して居住していること、本件控訴人所有地、本件土地一及び本件土地二並びに本件控訴人所有地に隣接するその他の土地相互の位置関係が別紙図面五表示のとおりであり、その現在の所有関係が控訴人主張のとおりであること、訴外高橋が昭和一六年四月一日頃訴外久保井銀次郎から右各土地を賃借したこと、訴外高橋が旧一五一〇番二の土地を控訴人所有地と訴外益子所有地とに分筆したうえ、本件控訴人所有地を控訴人に売り渡し、その後訴外益子所有地を訴外益子昇に売り渡したこと、被控訴人らが訴外高橋を被告として控訴人主張のとおりの訴えを大森簡易裁判所に提起し、同簡易裁判所が昭和三七年一〇月二九日に被控訴人ら勝訴の判決を言い渡してその確定をみたことの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そして、右事実に成立に争いがない甲第一八号証並びに乙第一号証、第四号証、第五号証、第七号証、第一七号証の三ないし六、第一八号証及び第二〇号証の一ないし四、原本の存在及びその成立に争いがない乙第九号証の二、第一四号証の三、第一五号証、第一六号証、第一七号証の一、二及び第一九号証、撮影者、撮影年月日及び被写体が控訴人及び被控訴人ら主張のとおりであることに争いがない甲第一六号証の一ないし一二並びに乙第二七号証及び第三一号証の一ないし四、本件通路部分付近の写真であることに争いがなく、原審における証人金文培の証言及び控訴人本人尋問(第一、二回)の結果によってその撮影年月日が昭和四一年六月頃であるものと認められる甲第一四号証の一ないし一二、原審における被控訴人浜子本人尋問(第一回)の結果によって撮影者、撮影年月日及び被写体が被控訴人ら主張のとおりであるものと認められる乙第八号証の一ないし二二、原審における控訴人本人尋問(第一回)の結果によって真正に成立したものと認める甲第九号証の三、原審における証人金文培の証言及び控訴人本人尋問(第一、二回)の結果によって真正に成立したものと認める甲第一一号証及び第一二号証、官署作成名義部分の成立に争いがなく、その余の部分については原審における被控訴人浜子本人尋問(第一回)の結果によって真正に成立したものと認める乙第二号証及び第三号証の一、二、原審における被控訴人浜子本人尋問(第一回)の結果によって原本の存在及びその成立を認めることのできる乙第一四号証の一、原審における証人金文培の証言、当審における証人岩端弘子の証言、原審における控訴人本人尋問(第一、二回)の結果、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人浜子本人尋問の結果(ただし、これら証言及び供述中後記措信しない部分を除く。)を総合すると、次のような事実を認めることができ、これら証言及び供述中以下の認定に反する部分が採用できないことは後に説示するとおりであり、他にはこれを左右するに足りる証拠はない。

1  訴外高橋は、昭和一六年四月以来、別紙図面三表示のとおり旧一五一一番四、旧一五一〇番二及び旧一五一二番四の各土地を所有し、これら一体をなす土地上に居宅を所有してそこに居住し、被控訴人浜子の先代の訴外久保井銀次郎からこれらの土地に隣接する本件土地一及び本件土地二を賃借して、これを専ら野菜の植栽、鶏の飼育等のために使用し、公道への通路としては右旧一五一二番四の土地と本件土地二との境界に沿って設けられた通路を使用していて、本件土地一及び本件土地二を公道への通路として使用したようなことはなかった。

2  ところで、訴外高橋の前記所有地三筆は、その設定した抵当権に基づいて昭和二九年五月に競売に付され、訴外宮田泉が昭和三〇年八月一四日これを競落取得した。そこで、訴外高橋は、昭和三五年二月頃、訴外金文培から必要資金の貸付を受けてこれを買い戻した(もっとも、これに基づく所有権移転登記は、訴外金文培の右貸付金債権を担保するため、訴外金文培名義でなされた。)ものの、結局、右各土地を更地として他に売却し、債務の整理をすることとした。

しかし、右三筆の土地は一人で買い受けるには面積が広大すぎたため、訴外高橋は、その買受方の意向を持っていた控訴人とも協議したうえ、これを本件控訴人所有地と訴外益子所有地とに二分してそれぞれ売却することとし、その場合、本件控訴人所有地から公道への通路としては訴外久保井銀次郎から借り受けていた本件土地一のうちの本件通路部分を整地してこれに充て、残余の本件土地一及び本件土地二には車庫を建築することとして、昭和三五年春頃以降そのための工事を施工し、同年八月頃には本件通路部分に階段を設置するなどして通路としての一応の体裁を整えるとともに、残余の本件土地一及び本件土地二に本件車庫を完成した。

このようにして、訴外高橋は、同年九月三日頃、控訴人との間において、本件控訴人所有地を代金約三八〇万円で控訴人に売り渡す契約を締結し(もっとも、その売買契約書は、当時の土地登記簿上の所有名義人であった訴外金文培を売主と表示して作成された。)、これと併せて、本件車庫を控訴人に賃貸する旨の契約を締結するとともに、本件通路部分については控訴人が無償でこれを通行することができるものとするとの合意をした。そして、訴外高橋は、同年九月二九日、訴外金文培の名義を使用して、前記旧一五一一番四、旧一五一〇番二及び旧一五一二番四の各土地を合筆して一筆の土地(旧一五一〇番二の土地)とすると同時に、これを分割して本件控訴人所有地と訴外益子所有地とに分筆登記をし、本件控訴人所有地については同年九月二九日に控訴人のために所有権移転登記をし、また、訴外益子所有地については昭和三六年四月一七日に訴外益子昇にこれを売り渡して右同日訴外益子昇のために所有権移転登記をした。そして、本件控訴人所有地、本件土地一、本件土地二及び本件車庫に対する占有を訴外高橋のもとに留保しておく旨の合意があったなど特段の事情が存在したことを認めるに足りる証拠のない本件においては、控訴人は、右売買契約等の締結とともに、訴外高橋から控訴人所有地、本件土地一、本件土地二及び本件車庫に対する占有を承継取得したものと推定するのが相当である(もっとも、控訴人がこれらの土地を現実に使用するようになったのが昭和四一年四月頃のことであることは後に説示するとおりであるけれども、このことは、控訴人が前記売買契約等の締結とともに訴外高橋から前記占有を取得したものと推定することの妨げとなるものではない。)。

3  この間、被控訴人らは、本件土地一又は本件土地二を訴外久保井銀次郎から贈与又は遺贈を受け、これに伴って訴外高橋への右各土地の賃貸人たる地位を承継したが、昭和三五年七月頃に至って前記のとおり本件通路部分の通路造成工事及び本件車庫の建築工事が施工されていることを知って、訴外高橋に対して同月八日頃及び同年八月九日頃の再度にわたって用法違反等を理由として本件土地一及び本件土地二の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をするとともにその現状回復を求め、前記工事の施工者が本件控訴人所有地の登記簿上の名義人となっていた訴外金文培であると考えて、同人を債務者として本件土地一及び本件土地二につき占有移転禁止及び工事続行禁止の仮処分命令を得て、同月二七日頃その執行をし、同月中に訴外金文培を被告として本件車庫の収去、本件土地一及び本件土地二の明渡しを求める訴えを大森簡易裁判所に提起したが、訴外金文培が本件車庫の所有者、本件土地一及び本件土地二の占有者ではないとして昭和三六年七月七日に敗訴判決を受けた。そこで、被控訴人らは、同年八月に改めて訴外高橋を被告として先に説示したとおりの訴え(同裁判所昭和三六年(ハ)第三五〇号建物収去土地明渡請求事件)を同簡易裁判所に提起し、同簡易裁判所は、昭和三七年一〇月二九日に被控訴人ら勝訴の判決を言い渡して、その確定をみた。

4  他方、控訴人は、本件控訴人所有地を買い受けて以来これを使用することもなく放置していたが、昭和四一年四月頃になって、本件控訴人所有地に四畳半程度の広さのバラック建仮設建物を建築し、本格的な居宅の建築準備に当たっていたところ、これを知った被控訴人らは、同月二九日頃本件土地一と本件控訴人所有地、本件土地一及び本件土地二と公道との各境界に沿って高さ約二メートルの有刺鉄線を張り巡らして控訴人の本件通路部分の通行を阻止する措置を講じ、また、同年五月二六日に訴外高橋に対する前記の確定判決に基づいて本件車庫の収去命令を得て、右判決に基づく強制執行を行おうとした。

そこで、控訴人は、本件第三者異議の訴えを提起して、同年七月一五日にこれに伴う強制執行停止決定を得るとともに、同月二〇日、被控訴人らを債務者として、被控訴人らの本件土地一に対する占有を解いて東京地方裁判所執行吏に保管を命じること、被控訴人らは前記の有刺鉄線を除去して控訴人に右土地の通行使用を許すべきこと、被控訴人らは右土地に対する控訴人の使用占有を妨害してはならないことを内容とする仮処分命令を得て、同月二一日にその執行をした。

5  そして、控訴人は、昭和四一年一〇月頃本件控訴人所有地に鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付二階建居宅兼倉庫の建築工事に着手して昭和四二年七月頃これを完成させたが、この間、本件通路部分についてもその整地、舗装工事を行うなどし、自動車の通行も可能な舗装通路としてこれを完成させた。

なお、訴外益子所有地を買い受けた訴外益子昇は、同土地に地盛りをして本件控訴人所有地との境界に高さ一ないし二メートルの大谷石積みの石垣を設置し、昭和三七年一二月頃にはそこに居宅を建築したため、それ以降は控訴人が訴外益子所有地を通行して本件控訴人所有地から公道に至ることはできなくなり、本件通路部分を通行する以外には控訴人が本件控訴人所有地から公道に至る方法は事実上なくなった。

二  以上のような事実関係を前提として、控訴人が本件土地一及び本件土地二又は本件通路部分についてなんらかの使用権限を有するかどうかについて検討する。

先ず、控訴人は昭和三五年九月に訴外高橋から本件控訴人所有地を買い受けた際本件土地一及び本件土地二の賃借権をも併せて買い受け、右賃借権の譲渡について被控訴人らの承諾を得た旨を主張し、当審における証人岩端弘子の証言、原審における控訴人本人尋問(第一、二回)の結果中には一部これに符号する部分があるけれども、訴外高橋は本件車庫を控訴人に賃借するのに付随して本件通路部分を控訴人が無償で使用することができるものとしたにすぎないことは前掲甲第一二号証(貸車庫賃貸借契約書)に明定されているところであって、控訴人本人の右供述は採用することができず、控訴人はたかだか本件通路部分について訴外高橋から使用(転)借権の設定を受けたというにとどまることが明らかである。

そして、原審における証人金文培の証言並びに控訴人及び被控訴人浜子各本人尋問(各第一、二回)の結果によれば、訴外高橋若しくは同金文培又は控訴人は、控訴人が本件通路部分について訴外高橋から使用(転)借権の設定を受けたことを被控訴人らに告げたこともなければ、その承諾を求めたようなこともなく、また、被控訴人らは、当時既に訴外高橋に対して本件土地一及び本件土地二の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしてその原状回復を求め、訴外金文培及び訴外高橋を債務者又は被告として占有移転禁止及び工事続行禁止の仮処分命令の申請をし本件車庫の収去、本件土地一及び本件土地二の明渡しを求める訴えを提起するなどしていたのであって、それ以来現在に至るまで争訟状態にあったことは先に説示したとおりであるから、被控訴人らが右使用(転)借権の設定につき黙示的にも承諾を与えるような状況ではなかったことが明らかである。

したがって、いずれにしても、控訴人が本件土地一及び本件土地二又は本件通路部分について被控訴人らに対抗しうべき賃(転)借権又は使用(転)借権を取得したものということができないことは、明らかである。

三  次に、控訴人は、本件通路部分につき民法二一○条一項又は二項の規定による囲繞地通行権を有すると主張するので、この点について判断する。

1  本件控訴人所有地と本件土地一、本件土地二及び訴外益子所有地並びにその他の本件控訴人所有地の隣接地の相互の位置関係は別紙図面五のとおりであって、控訴人が本件控訴人所有地を買い受けた当時、これらの隣接地はいずれも他人の所有に属しており、かつ、本件通路部分を通行する以外には本件控訴人所有地から公道に至ることはできない状況にあったところ、控訴人が本件通路部分について被控訴人らに対抗しうべき使用権限を有しなかったことは、先に説示したとおりである。したがって、本件控訴人所有地は、控訴人がこれを訴外高橋から買い受けると同時に、他人の所有地に囲繞されて公路に通じない袋地となったものということができる(被控訴人浜子は、原審における本人尋問(第二回)において、東京都大田区南馬込四丁目一五一〇番四宅地八五・〇四坪及び同所一五〇八番二宅地一〇五坪には私道があって、これによって本件控訴人所有地から公道に達することができると供述するけれども、前掲甲第一〇号証の一〇ないし一二に照らして、右供述は、採用することができない。)。

2  しかしながら、本件控訴人所有地が右のように袋地となったのは、訴外高橋がその所有していた別紙図面三表示の旧一五一一番四、旧一五一〇番二及び旧一五一二番四の一団をなす土地を合筆して一筆の土地(旧一五一〇番の二)とし、さらにこれを本件控訴人所有地と訴外益子所有地とに分筆登記をして、本件控訴人所有地を控訴人に売り渡したことによるものであることは先に説示したとおりであるから、少なくとも右の時点においては、控訴人は、民法二一三条二項の規定により、右譲渡前の一筆の土地の残余地で未だ訴外高橋の所有に留保されていた本件益子所有地のみを通行する権利を有し、本件土地一をはじめとする本件控訴人所有地のその他の囲繞地に対しては囲繞地通行権を主張しえないものといわなければならない。

控訴人は、本件控訴人所有地及びその隣接土地の合分筆の来歴を縷々主張して、本件控訴人所有地と訴外益子所有地とは同時合分筆の過程で一筆の土地となったにすぎず、もと一筆の土地であったというには値しないものであるから、このような場合には、民法二一三条二項の規定を適用すべきではないと主張するけれども、右規定の趣旨は、土地の一部譲渡のように当事者の任意の処分によって袋地が生じた場合においては、当該袋地から公路への通路の確保は、当該土地の残余地に通路を設けるなどして専ら右譲渡の当事者間で解決されるべきであり、このような場合にも他の囲繞地の所有者に同法二一○条一項の規定による通行権を受忍すべき義務を負わしめるのは衡平の原則に反するということにあるのであって、本件においても、控訴人は、訴外高橋から本件控訴人所有地を買い受けるに当たり、訴外高橋と協議して訴外益子所有地に通路を設置するなどして公路への通行を確保する方策を講じることができたのであるから、もともと一筆の土地を一部譲渡した場合となんら選ぶところはなく、本件控訴人所有地と訴外益子所有地とが同時合分筆の過程で一筆の土地となったにすぎないからといって、これをもって直ちに同法二一三条二項の規定の適用を排除すべき理由とすることはできない。このことは、一筆の土地の一部譲渡によって袋地が生じた場合のみならず、同一人の所有に属する一団をなす数筆の土地のうちの一筆の土地が譲渡されたことによって袋地が生じた場合においても、右規定を適用すべきものと解されていることに照らしても、明らかなところである。

さらに、控訴人は、本件控訴人所有地が袋地となったのは被控訴人らが昭和四一年四月二九日に本件土地一にバリケードを設置したことによってであって、本件控訴人所有地の一部譲渡によってそうなったものではないから、控訴人は本件土地一に対して民法二一○条一項の規定による囲繞地通行権を主張することができると主張するけれども、控訴人が本件控訴人所有地から公道へ達する唯一の通路であった本件通路部分について被控訴入らに対抗しうべき通行権限を有していなかったため、控訴人が訴外高橋からこれを買い受けると同時に本件控訴人所有地が袋地になったものであることは先に説示したとおりであって、控訴人の右主張は失当である。

3  このように、控訴人は、本件控訴人所有地を買い受けたことによって、旧一五一〇番二の土地の残余地で未だ訴外高橋に留保されていた訴外益子所有地に対して囲繞地通行権を取得したものであるところ、訴外高橋は、その後訴外益子所有地を訴外益子昇に売り渡したのであるから、この場合において、控訴人は、右土地の特定承継人たる訴外益子に対しても囲繞地通行権を主張することができ、かつ、専ら右土地のみを通行する権利を有するのであって、民法二一○条一項の規定により本件通路部分その他の囲繞地に対して改めて囲繞地通行権を主張することはできないものであるのかどうかが問題となる。

そして、これについては、ひとたび民法二一三条二項の規定によって囲繞地通行権を受忍すべき義務を負担することになった残余地の譲受人としては、事前に当該土地が囲繞地通行権を受忍すべき義務を負担しているものであるのかどうかを容易に知りうるのが通常であって、その譲受けに際しても、そのような負担付きのものとしてその対価を定めて取引をするなどのこともできるのであるから、隣接袋地の所有者のための囲繞地通行権を受忍すべき義務を承継するものとしても、それによって不測の損害を被ることになるおそれは少ないものと考えられるのに反して、当該袋地の所有者が改めて他の囲繞地に対して囲繞地通行権を主張することができるものとすれば、当該囲繞地の所有者としてはなんら関係のない当該残余地の譲渡が行われたことによって突如通行権を受忍すべき義務を負担することになって、不測の損害を被ることになるおそれがあり、著しく取引の安全を害する。こういった点に鑑みると、隣接袋地のための囲繞地通行権を受忍すべき義務は、いわば当該残余地自体の属性ともいうべきものであって、その譲渡によって譲受人にそのまま承継され、当該袋地の所有者は他の囲繞地に対して改めて民法二一○条一項の規定による囲繞地通行権を主張することはできないものと解するのが相当である。

したがって、控訴人は、訴外益子が訴外益子所有地を買い受けた後においても、右土地に対してのみ囲繞地通行権を有するのであって、民法二一○条一項の規定により本件通路部分に対して囲繞地通行権を主張することはできないものといわなければならない。

4  最後に、控訴人は、本件控訴人所有地が民法二一○条二項所定のいわゆる準袋地に当たるとして、本件通路部分につき通行権を有すると主張するが、同条同項にいわゆる準袋地とは、同条一項所定の袋地には当たらないけれども、当該土地が池、沼、河、海洋等に接するか又は隣接する公路との間に著しい高低差があって、他人の所有地を通行するのでなければ公路に達することができないような場合をいうのであり、本件控訴人所有地がこれに当たらないことは明らかである。

以上のとおりであるから、控訴人が本件通路部分につき民法二一○条一項又は二項の規定による囲繞地通行権を有するとする控訴人の主張は、いずれも失当として排斥を免れない。

四  次に、控訴人は、本件通路部分につき通行地役権を時効取得したと主張するが、通行地役権を時効取得したとするためには、要役地の所有者が当該承役地に開設した通路によって客観的、外部的にも通行地役権としての権利の内容が明確に認識されるような状況の下において、これを継続的に通行に使用することによって権利が実現されているような状態が所定の時効期間中連続するのでなければならないものと解すべきところである(民法二八三条参照)。

しかるに、訴外高橋は、昭和一六年四月に訴外久保井銀次郎から本件土地一及び本件土地二を賃借して以来、専らこれを野菜の植栽、鶏の飼育等のために使用していたのであって、そこに通路を開設したり公道への通路として使用したようなことはなかったし、控訴人が右にみたような意味で本件通路部分を通路として継続的かつ表現のものとして使用するようになったのは、被控訴人らの本件土地一に対する占有を解いて東京地方裁判所執行吏にその保管を命じ、被控訴人らに有刺鉄線を除去して控訴人に右土地の通行使用を許すべきことを命じた昭和四一年七月二〇日の仮処分命令の執行の結果としてのことであることは先に説示したとおりであって、このような仮処分命令の執行の結果としての仮の権利行使の状態をもって通行地役権の時効取得の基礎となしえないことはいうまでもないところである。

したがって、本件通路部分につき通行地役権を時効取得したとする控訴人の主張は、失当というべきである。

五  最後に、控訴人は、被控訴人らが控訴人が本件通路部分を通行するのを妨害することは権利の濫用であって許されないと主張し、確かに本件控訴人所有地に居宅を建築してそこに居住している控訴人としては、訴外益子所有地には既に居宅が建築されていてそこに通路を確保することが実際上困難となった現在、公道への唯一の通路たる本件通路部分を通行できないことになれば、相当の損害を被ることになることは容易に肯認することができるところである。

しかしながら、控訴人が本件控訴人所有地を訴外高橋から買い受けた当時においては、既に被控訴人らと訴外高橋又は同金文培との間において本件土地一及び本件土地二の使用権限をめぐって紛議が生じていて争訟騒ぎとなっていたのであって、これらの事情は控訴人においても知っていたか容易に知りうる状況にあったものと認められるにもかかわらず、原審における控訴人及び被控訴人浜子各本人尋問(各第一、二回)の結果によれば、控訴人は、訴外高橋から本件通路部分について使用(転)借権の設定を受けたことを被控訴人らに通知したりそれについての被控訴人らの承諾を得ようとしたようなことはなく、また、被控訴人らと交渉して本件通路部分について通行権を確保するべく努めたようなことは一切なかったし、本来民法二一○条一項の規定による囲繞地通行権を受忍すべき義務を負担している訴外益子所有地についても、訴外益子がこれを買い受けて居宅を建築するのに任せて、そこに通路を確保することが困難となるのを拱手傍観していたものであることが認められる。そして、控訴人は、前記仮処分命令によって本件土地一の仮の使用が認められたことを奇貨とし、本件控訴人所有地に鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付二階建の本格的な建築を開始してこれを完成し、本件通路部分についてもその整地、舗装工事を行うなどして自動車の通行が可能なような舗装通路とするなど、未だ確定をみない仮の権利状態の上に立ってこれらの既成事実を積み重ねてきたのであるから、このような仮の権利状態が覆滅することによって被るべき損害は控訴人自らがこれを招いたものとして甘受すべきものというべきであって、そのような損害が生じることの故をもって被控訴人らが控訴人に本件通路部分の使用を認めないことが権利の濫用に当たるものとすることはできない。

控訴人は、本件土地一及び本件土地二が専ら本件控訴人所有地への通路としてしか利用できないものであり、被控訴人らが控訴人に右土地の使用を許さないのは専ら控訴人の生活を妨害しようとする害意に出たものであると主張するけれども、本件全証拠によっても必ずしも右のように認めるには足りないばかりか、本件通路部分を使用できないことによって控訴人の被るべき損害は控訴人自らが招いたものともいうべきものであることに鑑みると、被控訴人らの側の右のような事情をもって権利の濫用の成否を論じることは当をえないものといわなければならない。

そして、他には被控訴人らが控訴人に本件通路部分の使用を許さないことが権利の濫用に当たるものとするに足りる事情を見い出すことはできず、控訴人の権利の濫用の主張は、失当というべきである。

六  以上のとおりであって、控訴人は、被控訴人らと訴外高橋との間の大森簡易裁判所昭和三六年(ハ)第三五〇号建物収去土地明渡請求事件の事実審最終口頭弁論期日前であることの明らかな昭和三五年九月に訴外高橋から本件土地一、本件土地二及び本件車庫に対する占有を取得し、それ以来これを占有しているものの、控訴人が本件土地一及び本件土地二又は本件通路部分についてその主張するような被控訴人らに対抗しうべき賃借権、囲繞地通行権又は時効取得にかかる通行地役権を有するものとはいえないし、被控訴人らが控訴人が本件通路部分を通行するのを妨害することが権利の濫用に当たるものとすることもできないから、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は、本件土地一、本件土地二及び本件車庫に対する占有権に基づいて被控訴人らが前記事件の確定判決の執行力ある正本の主文第一項ないし第三項により本件土地一、本件土地二及び本件車庫に対してする強制執行の排除を求める第三者異議請求に関する限りにおいて理由があり、その余の本訴請求は失当として棄却すべきである。なお、控訴人は、被控訴人らに対して償金を支払うことを条件として控訴人の請求が認容されるべきである旨を主張するけれども、なんら実定法上に根拠のない独自の見解に立つものであって、到底採用の限りではなく、控訴人の当審における予備的追加請求も失当として排斥を免れない。

また、控訴人が昭和四一年八月頃以降被控訴人らの共有にかかる本件土地一及び被控訴人浜子の所有にかかる本件土地二を占有していることは当事者間に争いがなく、成立に争いがない乙第二一号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、本件土地一及び本件土地二の賃料相当額が被控訴人らの主張する額を下回ることのないことを認めることができるから被控訴人に対して本件土地一の明渡し及び昭和五三年二月五日から昭和五三年一二月三一日までは一か月当たり六、六七四円の、昭和五四年一月一日から右明渡し済みに至るまでは一か月七、六二八円の各割合による本件土地一の賃料相当額の損害金の支払いを求める被控訴人らの本訴請求並びに控訴人に対して本件土地二の明渡し及び昭和五三年二月五日から昭和五三年一二月三一日までは一か月当たり四、一六五円の、昭和五四年一月一日から右明渡し済みに至るまでは一か月四、七六〇円の各割合による本件土地二の賃料相当額の損害金の支払いを求める被控訴人浜子の本訴請求は、いずれも理由があるから、これを認容すべきである(控訴人は、被控訴人らに対して償金を支払うことを条件として被控訴人らの本訴請求が棄却されるべきである旨を主張するけれども、その失当であることは先に説示したとおりである。)。

七  よって、控訴人の前記第三者異議請求を棄却した原判決は失当であって、その限りでは控訴人の本件控訴は理由があるから、原判決主文第一項を取り消して右請求を認容することとし、控訴人のその余の本件控訴及び当審における予備的追加請求は失当として棄却することとして、訴訟費用の負担については民事訴訟法九六条、八九条、九二条及び九三条の各規定を、強制執行停止決定の認可及びその仮執行の宣言については民事執行法三八条三項及び三七条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

物件目録

一 1 (本件土地一)

東京都大田区南馬込四丁目一五一〇番一

宅地 六二・九四平方メートル

(別紙図面一のイ、ロ、ハ、卜、チ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ内側の部分)

2 (本件通路部分)

本件土地一のうち、別紙図面一のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ内側の部分の宅地四五・二四平方メートル

二 (本件土地二)

東京都大田区南馬込四丁目一五一二番二

宅地 三九・九一平方メートル

(別紙図面一のチ、ト、ヘ、ホ、チの各点を順次直線で結んだ内側の部分)

三 (本件車庫)

東京都大田区南馬込四丁目一五一〇番地一、一五一二番地二

家屋番号 一五一二番二

コンクリートブロック造陸屋根平家建車庫

床面積 三二・〇三平方メートル

別紙 図面一

大田区南馬込四丁目壱五壱○番地壱、壱五壱弐番地弐

実測図

縮尺壱百分之壱

別紙 図面二

一 元番時代

一五一〇番……明治から昭和一二年まで

(所有者久保井銀次郎)

(甲三号証甲八号証参照)

一五一一番……明治から昭和二八年まで

(所有者坂倉吉兵ヱ―田坂葉名代―田坂改三)

(甲七号証甲六号証参照)

一五一二番……田坂家所有

(枝番が生ずる以前の状況)

別紙 図面三

二 旧公図時代(旧公図番号F二一九)

一五一〇番……昭和一二年枝番発生

一五一〇番―二が分割により、久保井から河原利夫所有となる(甲八号証参照)

一五一一番……昭和二八年枝番発生一五一一番六が分割により田坂から戎やゑの所有となる(甲六号証参照)

別紙 図面四

三 現公図時代

一五一〇番―二……昭和三五年旧一五一〇番二と一五一一番四とが合併して一五一〇番二となり岩端所有となる(甲八号証甲区拾六番参照)

一五一一番―四……昭和三五年合併により地番消滅し岩端所有となる。

一五一二番―二……飛び地のようになる。

別紙 図面五

<省略>

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